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鎌倉妙本寺、最後の紅葉。 [水彩画とスケッチ]

20160308_myohonji_koyo.jpg

スマートフォンに桜の開花情報が届く。
お節介だなぁと思いつつ、つい見てしまう。

そんな時節に紅葉の絵とは、、、
この1月9日、鎌倉は妙本寺に残った数少ない楓のひとつ。
この一本と鐘楼近くの数本が、年を越してもまだ色づいていた。
日当たりの加減か、それとも個体差なのか、とにかく遅い出番だ。
それでもこの楓にとっては大事な季節の営みである。
来年は、いや今年はもっと早く染まった方が、みんな見てくれるよ。

今月下旬に、高校美術部のOB展がある。
それまでに春を描こうと思っていたのに、
そうなのだ、お正月の頃はたしかに硬い決意を持っていたはずなのに、
このままではすぐに夏になってしまう。

『鎌倉妙本寺、最後の紅葉』
F6(40×31cm)水彩
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描いて忘れない。 [水彩画とスケッチ]

20091014_neko.jpg

もう6年も前にたまたま見かけた猫、場所は目黒の林試の森公園。
冬の日差しを浴びながらほんとうにいい顔だった。
いまでも、その表情をはっきりと思い出せる。

散歩の途中で猫に出会えば、ときにカメラを向けることもあるが、
どうも「撮った表情」は直に忘れてしまう(私の場合、その傾向が強い)。
写真も絵も、どちらも見ることが始まりだが、
その記憶の因子は、脳内の微妙に違う場所に刻まれるのかもしれない。

6年前にもアップした絵。またかとは思うけれど、ふと思い出したので。

F6(39.5×30.5cm)コットマン・水彩
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逗子、神武寺薬師堂。 [水彩画とスケッチ]

20160130_jinmuji_yakushido.jpg


逗子市の東部に位置する神武寺の海抜は約80メートルほど。
同じ逗子の西の端にある披露山の展望台よりも低く、
例えば横浜のランドマークタワーなら、その20階にも満たない。
ではあるが、参道を登りつめ辿りついて目にする光景には、
その数字が信じられないほどに深山の趣がある。

お正月の四日、春のような陽差しに誘われて神武寺に向かう。
駅(JR東逗子)からの徒歩コースは約900メートル、
この絵の薬師堂から300メートルも離れていないところには、
高速道路(横浜横須賀道路)も走っている。
なのに、下界の喧噪に呑み込まれることもなく実に静かに佇んでいる。
しかも724年の創建というから、
かれこれ1300年ものあいだこの地にあったことに驚かされる。
もちろん、鐘楼や桜門など江戸時代の建物も多いが、
神武寺としてはずっとここにあったわけである。

さて、この神武寺、
近くの鷹取山は小学校の遠足で登った記憶はあるが、このお寺へは来ていない。
でも、その「じんむじ」という名前の響きは、
どういうわけか、幼い脳の片隅にインプットされていた。
どこか威厳があって、ちょっと怖そうな「じんむじ」という響き。

その(私にとっては)ちょっと厳粛なイメージを持つ神武寺を味わってきた。

『逗子、神武寺の薬師堂』
F6(40×31cm)水彩

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鎌倉、海蔵寺の紅葉。 [水彩画とスケッチ]

20151217_kaizoji_koyo.jpg

春の桜と晩秋の紅葉、
風景画を描いているとこのふたつを避けて季節をやり過ごすのは難しい。
もちろん無理に描かなくても良いけれど、
それはそれで、シナリオ通りに季節が過ぎていかない感もある。
そんなこんなで、今年も何枚か描くことになる。

自然の移ろいの不思議さと精妙さ、
それとなによりは、その何とも言えぬ美しさ。
しかもその現象の現れ方が毎年違うわけで、
このある種スリルに満ちた変化を追うことが、
日々生きていることの確認にも繋がっているのだ。
強いていえば、そういうことになるのではないだろうか。

と、話しは大袈裟になってしまったが、
木々は膨大な落ち葉を残して、また次の年への準備を始めている。

鎌倉扇ガ谷にある海蔵寺。
このお寺に間近く友人宅がある。
今年は、その家の二階から参道の紅葉を眺めた。
色づいた楓の葉の下をそぞろ歩く人々、
これまで、あまり見たことのない新鮮なアングルだった。
でも、絵にするのはじつに難しい。
結局、ごく真っ当に山門とその前で色づく楓を描いた。
12月1日の様子。

『海蔵寺の紅葉』
F6(40×31cm)ウォーターフォード・ホワイト 水彩

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スケッチ、逗子マリーナの街路。 [水彩画とスケッチ]

20151110_zushi marina.jpg

暖かい日差し、というより暑いといった方が似合う文化の日、
小坪港までぶらぶらと歩く。
歩き疲れて(といってもたった1.2キロ、、、)、ひとまずベンチにてしばし休憩、
ついでに逗子マリーナの街路をスケッチ。

奥には鎌倉の海とその先の山も見える。
それだけを描くなら簡単ではあるが、
手前に建つマンション、こういった規則的なカタチがけっこう面倒くさいのだ。
軽い気持ちのスケッチなのに現場では描ききれず、自宅にて加筆。

CANSON SKETCH PAD (A4版) 鉛筆

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スケッチ、小坪港にて。 [水彩画とスケッチ]

20151024_kotsubo.jpg


10月24日、お昼近くの逗子、小坪港。
イーゼルを立て筆を走らせる水彩画グループ?の人々があちこちに。

紙と鉛筆しか持っていないワタシは軽くスケッチ。
思ったよりも強い陽差しを映して海面が眩しい。
紙の白さも目に刺さる、なんとか20分ほど粘って描く。

『スケッチ、小坪港にて』 MUSE DRAWING PAPER A4・鉛筆

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逗子海岸、10月。 [水彩画とスケッチ]

20151001_160_Zushi_Oct.jpg


10月はじめの土曜日の逗子海岸。
真上から照りつける八月の陽差しが妙に懐かしい。
もちろん、この日の光は柔らかく、ヨットの帆は穏やかな風に揺れる。
これから沖へ出るのかな、気持ち良いだろうな。

海よりも山への志向が強かったせいもあって、海の遊び方を知らない。
そんな私でも、この海辺の開放感は充分に感じられる。
ヨットでもウィンドサーフィンでも最近はやりのSUPでも、
とにかく海と繋がる手だてをひとつでも持っていれば、さぞかし楽しいはず、とは思う。

それでも、海にせよ山にせよ、暮らしの近くにその環境があること、
やはりこれは素直に嬉しい。
逗子市の「まりづくり条例」には、
“遠方に出かけて仰ぎ見、感嘆する自然ではなく・・・”という一節もあるし。

『逗子海岸、10月』
F6(31*40cm)水彩

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三日遅れのスーパームーン [水彩画とスケッチ]

20151001_Super Moon_L.jpg

スーパームーンという言葉が使われ出したのはいつ頃だったろう?
子どもの頃はたんに満月だった(はずだ)。
まん丸の月は「満月」、どこからどう見ても「満月」だった。

もちろん普段よりも明るく大きく見える月もあった。
でも、それはたまたま何かの加減でそう見えるだけなのだ、そう思っていた。

理屈が分かれば、あぁそうなのだ、と納得もするけれど、
ときに大きく、ときに青く赤く、ときにおぼろげに、
人の気持ちに添って輝く月もまた良し。

『スーパームーン』
F4(24*34cm) 水彩・パステル

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夏の絵日記 葉山・真名瀬漁港 [水彩画とスケッチ]

20150908_shinnase.jpg


初めのうちはボーッと眺めているだけの風景、
時が経つと、そのなかに光の道筋が少しずつ感じられる。
良い絵はそのあたりを的確に掴み取った結果なのだ。

見える風景のどこがいちばん明るいか?
また最も暗い部分はどこか?
まずはここを見分けるのが作業のはじまり。

ではあるけれど

空、海、船などなど、それらの色は光があって初めて目に届く。
ところが、その色の存在が明暗の判断の邪魔にもなる。
鮮やかな色(彩度の高い色)は明るく見えるけれど、
明るさ(明度)まで高いとは限らない。ときには鮮やかでも暗い色はある。
同じように濁って(再度の低い)一見暗く見えても実は明るい色もある。

色は厄介なのだ。

デジタルカメラや画像ソフトのように一瞬のうちに「モノクロ化」するモード、
これが生身の目にもあれば便利かもしれない。
もっとも、モノクロフィルムしか手に入らなかった時代は、
「色の助け」が無いから、明暗のバランスを掴むという点では
今よりも鍛えられたかもしれない。

などと他愛のないことを考えながら夏の絵日記を一枚。
場所は葉山、真名瀬漁港の釣り船。

『葉山・真名瀬漁港にて』
F6(31.5×42cm)水彩

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鎌倉妙本寺のノウゼンカズラ。 [水彩画とスケッチ]

20150802_nozenkazura.jpg


7月の11日、鎌倉妙本寺。
このお寺には、歩いても自転車でも行けるが、
まだ梅雨明け前とはいえ気温もそれなりに高い。
いちばん無難なバスを待つ。

ところでバスが冷房化されたのはいつ頃だろう?
全開の窓から入る風が唯一の“冷気”だった時代。
バスが停まれば風も止み、下手をすると砂利道の埃が舞い込んでくる。
大昔のそんな光景を思い出しながら、涼しいバスは材木座海岸を過ぎる。

終点の鎌倉駅のひとつ手前でバスを降り、歩き始める。
空気はまだ新しい朝(といっても陽はだいぶ高いけれど)の匂い。
賑やかな“レンバイ”(鎌倉市農協連即売所)、ここもいずれ描きたいポイントだ。
陽の当たり具合とか、人や自転車や車の動き、そんなこんなをしばし観察。
ひとまずは覚えの写真を撮っておこう。

賑やかな若宮大路を渡り、滑川に架かる夷堂橋を過ぎれば、
妙本寺の山門は目と鼻の先である。
駅前より三度は低い(と思う)空気と、ところどころ陽の差し込む鬱蒼とした木立。
山門を過ぎてすぐに現れるこの木立に、ときおり蝉時雨が重なる。

ノウゼンカズラは期待どおりに咲いていた。
お寺関係のオジサンによると、長雨で心配したがこの二三日は良く咲いているとのこと。
でも、夜のうちにけっこう落ちてしまうんですよ、とも話していた。
その落ちた花が綺麗に掃き集められた様子をtakenokoさんのブログで拝見しました。
朝の陽差しの中で、その燃えるような花塚?が四方に色を放射する様子、
その光景を見るならば、もっと早起きをしなければならない。

二天門脇に手水舎とノウゼンカズラがわずかに重なるアングルを見つける。
絵には人を入れなかったが、この日はカメラマン多し。
その様子を描く手もあったかもしれない。

『鎌倉妙本寺の凌霄花』
F6(31×40cm)水彩

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