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鎌倉、円覚寺の紅葉。 [水彩画とスケッチ]

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庭の白梅がほころびはじめた。
昨日は三輪ほど、今朝はその倍が開く。
梅が咲けばやがて桜そして新緑、忙しいことだ。

と言いつつ、そして毎年のことではあるけれど、
季節ごとに訪れる自然の彩りは、気になるもの、
もちろん晩秋の紅葉も。

この夏は暑かったから、とか、
あの台風がね~ 強い風でだいぶやられたかもしれない、
などと、毎年同じような時期に同じようなことを宣う。
などと書くと、さも“通”のようだが、
鎌倉の秋を愛でるのは実はまだ二年目、
まったく年季が入っていないのだ。
それでもともかく、
ひとこと言いたくなるのが梅や桜やモミジ。
ワタシは自然には少々うるさい、それに風流もワカルのだ!とか。
ま、いつに変わらぬ思い込みだけど。

紅葉を探しに円覚寺を訪れたのは、昨年11月の30日。
そろそろ良い色づきだろう、この日を逃したら後できっと後悔する、
と勢い込んで向かったのだが、ところがではある。
この日の人の多さは尋常ではなかった。
日本語以外のさまざまな言語が飛び交う山門前は、
何処かのスクランブル交差点のよう。

その人いきれに圧倒されて、円覚寺の紅葉を愛でる気分は雲散霧消。
敢えなく退散を決め込み、
仕方なくというと罰当たりだが東慶寺へ向かった次第。
もちろん東慶寺の秋も期待を裏切らないものではあるが、
盛大な紅葉を期待して出かけた手前、
なにか物足りなさの残る土曜日となったのである。


12月3日、捲土重来を期して再び円覚寺へ向かう。
平日のそれも午前中なら少しはマシではないか、という予想は当たった。
北鎌倉駅の狭い改札も、山門の前もさほどの混雑ではない。
これなら気持ち良く歩けそうだし、
場所を見つけてなんとかスケッチもできるかもしれない。
そんな期待を抱かせる、そのくらいの人出だった。

なにより嬉しかったのは紅葉の色づき具合である。
モミジにせよ、春の桜にせよ、紫陽花にせよ、
「そこ」を訪れた日がそれぞれの盛りとは、もちろん限らない。
忙しい現代人(ワタシ自身はそれほどでもないけれど)が、
季節の彩りのそのピークに上手く出会うのは、なかなか難しい。
仮にスケジュールが合ったとしても、天候に恵まれないこともある。
冷たい雨に打たれる紅葉もそれなりに風情はあるかもしれないが、
やはり逆光を浴びて一気に輝きを増す黄や赤の色合いは、
陽が差してこその光景である。
この日がドンピシャのピークだったかどうかはともかくとして、
かなり良いタイミングに出会ったのはたしかなようだ。
ウン、三日前だったらちょっと早すぎたはず、と自賛。


乾燥した木々や草、それと時を重ねた木造の建物、
そんなモノたちが発するちょっと乾いて埃っぽい匂い、
それらが混じり合って無風の陽だまりにほっこりと溜まっている。

そんな暖かな陽差しを浴びながら二カ所でスケッチ。
A4サイズのスケッチパッドにボールペンで描く。
実は、威勢良く出かけた割には鉛筆を忘れてしまい、
バッグの中をごそごそ探してやっと見つかったのが三菱のボールペン、
それも四色の、とてもスケッチに向いているとは思えないもの。
でも、消すことのできない(当然だが)ボールペンは、
それはそれで線を走らせるときの割り切りというか、
ともかく一種の爽快感も味わえる。それもなかなか楽しいものだ。
ま、でも次は鉛筆を忘れずに出かけよう。

この日のスケッチをもとに、最低二枚は描きたい。
で、一枚目。
円覚寺の境内の一番奥にある黄梅院の少し手前、
その階段の上から眺めた図がこの絵。
もう一枚は書院横でのスケッチだが、
こちらのほうは、これから絵にするつもりだけれど、
少し急がないと、春がどんどん進んでしまう。

『円覚寺の紅葉』
F6(41×32.5cm)ホワイトワトソン・水彩

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円覚寺の紅葉-二 [水彩画とスケッチ]

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鎌倉、円覚寺の紅葉、
前の絵よりも、より引いたポイントから描いてみる。
構図は前回ほとんど同じだが、
ほんの2~3メートル下がっただけでイメージはがらっと変わる。
そして今回は空を広くとる。

視野のずっと上まで延びる楓の勢いと、
赤・黄・橙の色達がシャンデリアの光のようにあたりを照らす光景。
この空間の輝きにはもっと違った描き方があるのでは?
意図はそんなところだけれど、さて首尾良くいったかどうか。

『円覚寺の紅葉-二』
F6変形(39.8×23.2cm) Cotman・水彩

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