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吉田秀和氏没後一年、そして梅雨入り。 [日々の記録]

風に揺らぐ木々の葉が見える。
庭の木も、少し離れた林の大きな木も、
海の近くの小山の木々、それは霧雨にすこし霞んで見えるけれど、
窓から見えるそれらは、みんな風に揺れている。

でも、妙に静かだ。
ウグイスやほかの小さな鳥たちのさえずり、
それとカラスの啼き声も、今日はおとなしい。
一週間前、光はもっと強く、鳥のさえずりももっとはっきり耳に届いていたのに。
そして、耳を澄ませば、海の方から吹いてくる風の気配も感じる。
が、空気全体が静かなのだ。
この落ち着いた静けさが、梅雨に入ったしるしなのかもしれない。

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吉田秀和氏が亡くなってから、一年が過ぎた。
当時は引っ越し準備の真っ最中だった。
氏の本はもちろん捨てたりはしないけれど、
諸々が落ち着いてから読みなおそう、と、淡々と段ボール箱に詰め込んでいた。

引っ越し荷物は、もちろんしかるべきところに、いまは落ち着いている。
そのなかから、久しぶりに『LP300選』(文庫版)を引っぱり出した。
全集にももちろん納められているが、ハードカバーの単行本は重く大きい。
折に触れて手にしたのは、もっぱらこの文庫版の方だった。

第一曲目は「宇宙の音楽」、レコードなし。
そこから始まり「二十世紀の音楽」までの、いわば西洋音楽の名曲ガイド。
ただし、これはたんなるガイドとは言えない。
音楽の歴史をひもときながら、その底にあるもの、
強いていえば、音楽の本質を問いかける吉田氏の音楽観そのものを、
表したものなのだ。

   ・・・私は、三〇〇曲の音楽を選んだけれど、その
   ほかに、鳥の声や風や波の音は、絶対に欠けてはな
   らないものだ。また、大都市の夜や明け方のさまざ
   まなものの響きも、もしなくなってしまったら、私
   は、ひどくものたりなく思うだろう。音楽は、やは
   り、そうしたものの中に、つつまれながら、しかし、
   それ自体で完結した建物として、あるべきものだ。
           〜『LP300選』エピローグより〜

吉田氏の文章が、音楽とは何か、演奏を聴くとは何か、さらには表現とは何か、
そんなことを考える支えになったのは確かなこと。
氏の文章に初めて出会ってから、そろそろ四十年近くの時が経つ。
その月日のなかで、自分のなかの何が変わり、何が変わっていないのか、
そんなことを想いながら、また読んでみよう。
梅雨の静けさは、読書にはちょうど良い季節かもしれない。

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