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“Tide” [水彩画とスケッチ]

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3月に描いた逗子の海(の印象)、このときはF6号で描いた。これを少し大きなP20号で描いてみる。前回はほぼA3サイズに相当する大きさ、今回は新聞見開きに近く幅が8cmほど短い。(ちなみにF6号:40×31cm、P20号:約75×55cm)
50号や100号が珍しくない油彩では、20号などまだまだ小さい方だ。でも、たとえば水彩で50号となると、これはけっこう大変だ。まず水貼り(パネル貼り)がひと仕事だし、筆だって小さなスケッチ用ではどうにもならない。ほとんどの道具を大きいサイズ用に揃えなければならない。紙や絵の具も“高級品”を使ったら、それなりに財布の方も。。。部屋も相応の広さが必要となる。幸い、いま現在の「お絵描き部屋なら50号でもオーケー、、、
と、あれやこれや思いを巡らしながら、でも大きなサイズは楽しい。次は30号?。


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Christian Tetzlaff クリスティアン・テツラフ [日々の記録]

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Christian Tetzlaff(クリスティアン・テツラフ)、これまでまったく知らなかった名前が突然飛び込んできた。
バッハ・無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ・BWV1001~1006。5月13日、Facebookのクラシック音楽グループで知ったのがきっかけで聴いてみた。Youtubeにアップされたそれはなんとも新鮮な響きで、PCのスピーカーから流れてくる音色に、デスクワークの手を止めて聴き入ってしまった。鋭利なナイフでスパッと切ったような、それでいて深みと落ち着きのある音色。PCの音なので仔細は分からないが、これまで聴いてきたどの演奏とも違って聞こえる。

テツラフはこの1001~1006をほぼ十年ごとに録音している。早速、そのうちの最新録音(2016年)を購入。ほどなく届いたそのCDを、とりあえずPCで再生する。Youtubeにある最初の録音と比較できるところまではとても聴けないが、それでもついつい引き込まれてしまう。だいたいこのソナタ&パルティータは、全曲を一気に聴くことは滅多にない。が、テツラフのCDには、一度聴き始めたら止められない、1001が終わればその次の1002はどうなんだろう? そう感じてしまう力が潜んでいる。(そもそもバッハの曲自体の持つ聴く者を引き込む力が凄いのだけれど)

今回、テツラフの無伴奏を聴いて、音の違いもさることながら音楽のカタチもずいぶんと変わってきたな、と当然のことに思い至る。手元にはクレーメルや、たしかミルシティンそれにシェリングの盤もあったはず。そのシェリングを探したが何処へ消えたのかさっぱり見つからない。ならば、とYoutubeであらためて聴き直したら、これが小春日和の陽差しのさす長閑な縁側のような暖かな音色。あの頃も厳しい時代だったかもしれない、けれど世界の温もりは今よりも豊かだったのでは?そんな思いに誘われる50年前の録音。まるで“いい日旅立ち”のようなバッハ、、、。
まあしかしながら、こんなことをしていると、どんどん演奏の深みに嵌っていくことになるのだ。

写真は解説の裏表紙から転載。テツラフご本人の指先、凄い!ヴァイオリニストの指は、みなこんなふうになるのだろうか?


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試し描き [水彩画とスケッチ]

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新しい刷毛の描き心地を試してみる。豚毛の腰の強さ、絵の具の含み具合など、手近にあった去年のカレンダーの裏にサッと四回はらう。紙質はケント紙より少し粗く、絵の具はほとんど吸い込まずに流れていく。何も考えずただ左から右へ腕を動かす。こんなときの方が、なにやら雰囲気が生まれる不思議。


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第19回南期会(高校美術部のOB展) [日々の記録]

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東京オリンピック(もちろん前回)の年に高校入学、そして二、三年と美術部に在籍していた。その当時の顧問の先生の教え子が集まって、年に一度ほど美術部OBの合同展を開いている。OBといっても、その先生が在職された十年ほどの間に、部員だった面々が中心。だから平均年齢はかなり高い。そんなわけで、搬入も展示作業もひと仕事だが、それも済ませて明日からオープン。

会場脇の大岡川の桜もこれ以上はない満開。お花見とセットでご覧いただけましたら幸いです。

第19回 南期会展
会期:4月2日(月)まで *10時~18時(最終日は16時まで)
会場:横浜・吉野町市民プラザ2F ギャラリー
横浜市南区吉野町5-26

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光明寺の桜-2 [水彩画とスケッチ]

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名所の桜も見たい、なにより里山に咲く桜も見たい。さて何処が良いだろう?と思案しているうちに、花の盛りは過ぎてしまう。のんびり描いていると、今年も見頃を逃してしまいそう。絵は材木座・光明寺の春景。

F6(40×31cm)・WATERFORD WHITE・水彩

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鎌倉光明寺の桜 [水彩画とスケッチ]

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鎌倉材木座の光明寺、このお寺の桜は老木が多い。染井吉野の寿命は60~70年らしいが、この幹の太さと老け具合を見ると、その寿命を優に超えているように見える。もちろん、この地の風土が影響して一般値よりも大きく育つのかもしれない。ともかく、そんな年季の入った老木にも、季節が来れば新しい花が咲く。さて、今年の花咲か爺さんはどんな桜を見せてくれるだろう。

F6(40×31cm)・WATERFORD WHITE・水彩

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冬の波 [水彩画とスケッチ]

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介護は難事だ。体にも負担がかかるが(現実に、腰痛になってしまった)、四六時中気にかけ続ける心理的なプレッシャーも半端ではない。なにより、終わりの見えないことへの漠然とした焦燥感が大きい。
その介護も、年末であっけなく終わった。済んでみれば、あれもこれも、もっとちゃんとできたのでは?との思いも浮かぶ。でも、時間は戻らない。

そんな塩梅で、描く方もすっかりとご無沙汰してしまった。とにかく日常の「時間」はあるのに、それと依頼を受けた仕事はさぼるわけにはいかない、が、とにかくその気が起きない。仕方ない、無理して描くこともあるまい、と気付いたら一年が経っていた。
最近、ようやくその気も湧いてきて、まずは絵のリハビリに描いた一枚。目の前は鎌倉の海、ビューポイントは逗子。砕ける波に目を奪われていた、何年か前の冬の昼下がり。

F6(40×31cm)・WATERFORD WHITE・水彩
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スーパー・ブルー・ブラッドムーン [日々の記録]

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家の前で三脚を立てていたら、“ニンゲンはこんなことで盛り上がる”、と三匹のタヌキがこちらをじっと見つめていた。「スーパー・ブルー・ブラッドムーン」という名の逗子の月食


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どんど焼き [日々の記録]

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前回11日の記事には、
多くの暖かいメッセージをいただき、とても感謝しています。
ありがとうございました。

そろそろ気持ちの切替も必要です。
冬の海に射す朝陽の輝き、これはもう何度も描きましたが、
この厳寒の朝の光を確かめよう、と近所の高台へ向かいました。
いつも同じようでありながら、太陽の角度、風の強弱、空気の乾燥度などなど、
やはり細かく見れば、同じ季節でも二度と同じ光景など無し。

弱いとはいえ海からの風は冷たく痛く、とてもスケッチは無理。
それでも刻々と変わる海の、その光の様子を小一時間ほど眺めました。
覚えのための写真を撮りながら、ふと葉山の方を見ると海辺から立ちのぼる煙。
気がつけば、どんど焼きの季節。
ちょうど昨日が葉山・一色海岸のどんど焼き。
この写真の場所はたしかに一色海岸(のはず)、
同じ場所で、二日続けてやるものだろうか?と思っていたところ、
先にアップしたFacebookで、これは鐙摺のどんど焼きと教えられ疑問氷解。

正月の三日に軽いぎっくり腰をやったようで、いまひとつ調子が出ません。
が、そろそろスケッチブックを携えて外へ出よう!
と、少しだけ決意する1月14日です。

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介護の一年。 [日々の記録]

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昨年末、母が96歳で亡くなりました。大正10年の生まれ、2歳の時に関東大震災、二十の冬には太平洋戦争の開戦。戦後生まれの私には、焼け跡の光景がかすかに記憶に残ってはいるものの、本当の凄さ・酷さは知る由も無し。まさに激動の時を生きてきたのだ、と思いを巡らすばかり。

NHKの朝のドラマ「わろてんか」の時代設定が、今ちょうど大正10年前後。テレビから知る当時の様子、これも何かの縁かもしれないと思いつつ観ています。

一年前、足腰がだいぶ弱ってきたのを潮に実家から逗子に引き取り、介護の始まり。ほどなく家の階段を登れなくなり、一人でトイレに行くことも難しくなり、身体の方は否応なしに衰えてきました。それでも頭の方はいたって元気で、思考や記憶面では、私の方が呆けているのでは?と思うほど、これは幸いでした。

発症が分かった乳癌は他の臓器にも転移。8月末に“ステージ4、余命は2〜3ヶ月”と伝えられました。11月始めに入院する一週間前まではデイサービスにも通い、医師の診断も一年くらいは持ちこたえそう、と変わりましたが、結局その診断どおりに12月に死亡。

さて「介護」ですが、肉体的介護だけでなく、いやそれ自体ある程度までは覚悟さえ決めれば対処できますが、先の見えないことへの気持ちの問題が大きいと、しみじみと感じました。ふっと飛び込んでくる社会的手続きなども含めて、介護を取り巻く様々は、日々頭を離れることが無いと痛感しました。
ともかく、さほど長いとは言えない介護だったのに、まわりが感じる精神的な影響はつくづく大きい、と。いやこれは文句ではなく、これが実態なのだという事実認識。

介護、入院、葬儀とそれに関わる諸々の要件もまだ進行中。そんななかで絵を描く気持ちも日毎に遠ざかり、いまはちゃんと絵筆が持てるのかちょっと心配しています。2月の頭に四十九日をむかえますが、ひとまずはそれを機に描き始めよう、とは思っています。
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